大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成3年(ワ)1653号 判決 1991年9月26日

原告 コスモ信用組合

右代表者代表理事 泰道三八

右訴訟代理人弁護士 荒井洋一

同 松本啓介

同 田中徹男

被告 笠原敬之

右訴訟代理人弁護士 荒木和男

同 宗万秀和

同 釜萢正孝

同 近藤良紹

同 早野貴文

同 田中裕之

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告の訴外山口家成(以下「山口」という。)、同濱野茂(以下「濱野」という。)、同有限会社スリーサーティー及び同有限会社ワイルド(以下右四名を「濱野ら」という。)に対する東京地方裁判所平成元年(ワ)第一七二二九号建物収去土地明渡等請求事件の判決(以下「別件判決」という。)の執行力ある正本に基づく、別紙物件目録一記載の建物(以下「本件建物」という。)の収去及び同目録二記載の土地(以下「本件土地」という。)の明渡しの強制執行(以下「本件強制執行」という。)は、これを許さない。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

(一) 原告の訴えを却下する。

(二) 訴訟費用は、原告の負担とする。

2  本案の答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  被告の本案前の主張

民事執行法三八条一項によれば、第三者異議の訴えを提起することができる者は、強制執行の目的物について所有権その他目的物の譲渡又は引渡しを妨げる権利を有する第三者であるところ、単なる根抵当権である原告は、右にいう第三者に当たらず、当事者適格を欠くから、本件訴えは、不適法である。

二  原告の本案前の主張

抵当権の目的となった建物についてその収去の強制執行がされた場合には、右執行により抵当権が消滅するに至ることは明らかであるから、抵当権者といえども、右強制執行が実体上抵当権に対する違法な侵害に該当することを理由に、第三者異議の訴えを提起する適格を有するものというべきである。

三  請求原因

1  被告は、濱野らに対する別件判決の執行力ある正本に基づき、平成三年一月一八日、本件強制執行の申立てをし、東京地方裁判所執行官は、その執行に着手した。

2  賃貸借契約の締結等

(一) 被告の父笠原進は、濱野に対し、昭和五〇年四月一四日、本件土地を次のとおり賃貸した(以下「本件賃貸借契約」という。)。

期間 昭和五〇年六月一日から同七〇年五月三一日まで

目的 建物所有

賃料 一か月三万円あて毎月二八日限り翌月分を支払う。

(二) 笠原進が昭和六〇年二月一九日死亡したため、被告は、本件賃貸借契約における賃貸人の地位を相続により承継した。

(三) 濱野は、本件土地上に本件建物を所有している。

3  根抵当権の設定

原告は、昭和四九年一一月二九日、濱野が代表取締役の地位にあった有限会社浜一との間で、信用組合取引契約を締結し、これによって生じる債権を担保するため、濱野から、本件建物について次のとおり根抵当権の設定を受け(以下「本件根抵当権」という。)、それぞれその旨の登記を了した。

(一) 設定日 昭和五〇年一〇月二四日

極度額 一〇〇〇万円

(二) 設定日 昭和五四年一〇月六日

極度額 一〇〇〇万円

(三) 設定日 昭和五五年三月二七日

極度額 一〇〇〇万円

(四) 設定日 昭和五五年一一月一日

極度額 二〇〇〇万円

4  異議事由

(一) 被告は、濱野らに対し、平成元年一二月二七日、賃料不払及び賃借権の無断譲渡を理由に本件賃貸借契約を解除したとして、本件建物の収去又は退去と本件土地の明渡しを求めて訴訟を提起し(以下「別件訴訟」という。)、東京地方裁判所は、同二年七月一〇日、被告の請求を認容する旨の別件判決を言い渡した。

(二) 別件訴訟及び本件強制執行の経緯

(1) 原告は、有限会社浜一に対し、別紙債権一覧表記載のとおり金員を貸し付けたが、その弁済がなかったため、昭和六二年六月六日、本件建物について本件根抵当権に基づき不動産競売の申立てをした(以下「本件競売事件」という。)。東京地方裁判所は、同月八日、競売開始決定をし、同月一八日、第一回目の現況調査をした。その現況調査報告書には、本件賃貸借契約における賃料(月額五万五四五〇円)について、滞納なしと記載されている。

(2) 原告は、有限会社浜一に対し、本件根抵当権の極度額である五〇〇〇万円を上回る債権を有していたので、昭和六二年一〇月八日、東京地方裁判所に対し、本件建物について不動産仮差押えの申立てをし、同月一二日、同決定を得た。

(3) 東京地方裁判所は、平成元年九月八日から同年一〇月五日にかけて第二回目の現況調査をした。その現況調査報告書には、被告が執行官に対し、本件賃貸借契約における賃料は月額六万五七〇〇円に値上げされたこと及び濱野は賃料を同年一〇月分まで支払っており、滞納はないとの陳述をした旨の記載がある。

(4) 被告は、濱野に対し、平成元年一二月一九日、書面により、同人から山口への昭和六三年一二月三一日付け本件建物の停止条件付譲渡担保契約の締結に伴う本件賃借権の無断譲渡及び同年一〇月分の賃料の不払を理由に本件賃貸借契約の解除の意思表示をし、その八日後の同月二七日、別件訴訟を提起した。

(5) 別件訴訟においては、平成二年二月一三日から同年七月一〇日まで五回の口頭弁論期日が開かれたが、濱野は第二回期日において、山口は第五回期日において、それぞれ請求原因事実を自白したため、東京地方裁判所は、同月三一日、被告勝訴の別件判決を言い渡し、同判決は、控訴がないまま確定した。

(6) 被告は、本件競売事件が係属している東京地方裁判所に対し、平成元年一二月二七日から同二年九月七日までの間六回にわたり、別件訴訟を提起した旨、濱野がその第二回期日において請求原因事実を自白したので鑑定意見書(評価命令に基づく評価書)の作成を急ぐよう催促する旨、濱野が所在不明になり、被告は将来本件建物を競落する予定であるので鑑定意見書の作成を急ぐよう催促する旨、別件訴訟の判決言渡期日が指定され、被告勝訴の見込みである旨、被告勝訴の別件判決が確定したので本件競売事件の手続を急ぐよう催促する旨等の再三の上申を行っている。

(7) 原告担当者は、被告が別件訴訟を提起する前日に、被告に対し、本件賃貸借契約における賃料の支払状況を電話で問い合わせ、面会を求めたところ、被告は、面会を拒絶し、賃料の支払状況についても一切明らかにしなかった。

(8) 原告代理人は、平成二年五月三〇日、本件競売事件が係属している東京地方裁判所に電話し、本件賃貸借契約における賃料の支払状況を問い合わせたところ、同月一六日に評価書が提出されたこと、地主から訴訟が提起されたとの話はないこと、平成元年一〇月の現況調査時点では被告は賃料の滞納はない旨言っているとの回答であった。

(9) 被告は、前記上申書において本件建物を競落する予定である旨予告し、競売手続を急ぐよう督促していたにもかかわらず、別件判決を得るや平成三年一月一八日、本件強制執行の申立てをし、本件競売事件が係属している東京地方裁判所に対し、入札期日の延期を上申している。

(三) 解除事由の不存在と解除の無効

(1) 被告が別件訴訟において本件賃貸借契約の解除原因として主張した濱野から山口への賃借権の無断譲渡の原因である前記昭和六三年一二月三一日付け譲渡担保契約は、原告の本件競売事件の申立てに基づき競売開始決定がされ、本件建物に差押えの効力が及んだ同六二年六月八日以後に締結されたものであるから、濱野と山口間で本件建物の所有権移転の効力は生ぜず、したがって、賃借権の無断譲渡には当たらない。

(2) 賃料不払を理由とする賃貸借契約の解除が有効であるためには、賃料の不払が信頼関係を破壊するに足りる程度に至ったとの特段の事情がなければならないところ、別件訴訟提起の賃料不払はわずか二か月分にすぎなかったこと、競売手続がなされているときは、たとえ賃料不払があっても、担保権者らがこれを知れば必ず裁判所に地代の代払の許可を申し立てるのであるから、将来の賃料不払の不安はないこと、被告は、解除の意思表示をする直前に賃料の値上げをし、賃料の支払をしにくい状況にしていること等からすると、本件賃料の不払が信頼関係を破壊するに足りる程度に至ったということはできない。

(四) 被告と濱野らの通謀

被告は前記のように本件賃貸借契約の解除の要件がないのに別件訴訟を提起していること、別件訴訟においては、濱野らは、請求原因事実を認め、書証及び人証の申請を行わないなど何らの防御手段を講じていないばかりか、別件訴訟係属中賃料の供託すら行っていないこと、被告は本件競売事件の係属を知っていたこと等の事実によれば、被告と濱野らは、本件賃貸借契約を消滅させる目的をもって、通謀して別件判決を得たものであるから、被告は原告に対し、本件賃貸借契約の解除を主張できない。

(五) 被告は、右のように借地権付建物に本件根抵当権を有する原告を害する意図で別件訴訟を提起し、別件判決を得たものであるから、別件判決に基づいて本件強制執行をすることは、権利の濫用に当たり、許されない。

5  よって、本件強制執行は、その目的と手段において原告の本件根抵当権に対する違法な侵害というべきであるから、その排除を求める。

四  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1及び2の事実は認める。

2  請求原因3のうち、本件建物について原告主張のような根抵当権設定登記があることは認めるが、その余の事実は知らない。

3(一)  請求原因4(一)の事実は認める。

(二) 請求原因4(二)(1)のうち、原告が本件競売事件を申し立てたこと、現況調査報告書の記載内容は認めるが、その余の事実は知らない。

(三) 請求原因4(二)(2)のうち、原告が本件建物について不動産仮差押決定を得たことは認めるが、その余の事実は知らない。

(四) 請求原因4(二)(3)の事実は認める。

(五) 請求原因4(二)(4)のうち、平成元年一〇月分の賃料の不払を解除事由としたとの事実は否認し、その余の事実は認める。

解除通知を発した時点での不払賃料は、同年一一月分(同年一〇月二八日支払分)及び同年一二月分(同年一一月二八日支払分)であり、第二回現況調査報告書の記載内容と矛盾するものではない。

(六) 請求原因4(二)(5)及び(6)の事実は認める。

(七) 請求原因4(二)(7)のうち、原告主張の日時ころ原告の担当者から電話があり、被告が賃料の支払状況について話さなかったことは認めるが、その余の事実は知らない。

原告の担当者が面会を求めたことはなく、被告が面会を拒絶したこともない。

(八) 請求原因4(二)(8)の事実は知らない。

(九) 請求原因4(二)(9)の事実は認める。

4  請求原因4(三)(1)の主張は争う。

賃借権の無断譲渡が解除原因となるのは、それが信頼関係を著しく破壊する行為だからである。したがって、無断譲渡が時間的に第三者による差押えの前にされたかどうかが問題なのではなく、それが差押えの後にされたものであっても、解除原因となり得る。

5  請求原因4(三)(2)の主張は争う。

別件訴訟提起時の不払賃料は二か月分であったが、濱野は所在不明であり、以後の賃料を支払う意思がないことは明らかであったし、別件訴訟の口頭弁論終結時には滞納が九か月分に及んだ。また、本件賃貸借契約においては、賃料三か月分を滞納したときは直ちに解除できる旨の定めがあった。したがって、濱野の賃料不払が信頼関係を著しく破壊する行為に当たることは明らかである。

なお、原告は、地代の代払許可を容易に得ることができたにもかかわらず、平成元年一一月分以降の賃料の支払状況について何ら調査せず、金融機関として担保物の保全に必要な注意を怠ったものである。

6  請求原因4(四)の主張は争う。

濱野は、当時倒産して行方不明であり、被告としては、別件訴訟を提起するほか方策はなかった。濱野は、別件訴訟において訴訟代理人を立てたものの、賃料の支払意思はなく、山口も、無断譲渡の点は争ったが、賃料は支払わなかった。したがって、右両名は、賃料不払を事実として認めざるを得なかったにすぎない。このため、裁判所は、賃料不払を理由とする解除につき信頼関係を破壊するに十分と認め、判決に熟したとして弁論を終結し、別件判決を言い渡したものである。

7  請求原因4(五)の主張は争う。

8  請求原因5の主張は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  当事者適格について

民事執行法三八条一項は、第三者異議の訴えは「強制執行の目的物について所有権その他目的物の譲渡又は引渡しを妨げる権利を有する第三者」がこれを提起できる旨定めているが、これは、強制執行によって債務者以外の者が目的物に対し本来有している権利を何らかの形で侵害され、かつ、当該第三者としては、その侵害を受忍すべき法律上の理由がない場合に、第三者異議の訴えを提起し、強制執行の排除を求めることができる旨を規定したものと解すべきである。

ところで、抵当権者は、抵当権の目的物について、これを換価し、優先的に弁済を受ける権利を有しているところ、強制執行によって抵当権の目的物である建物が収去され、取り壊されるときは、抵当権の実質が損なわれることは明らかであるから、このような場合、抵当権者は、当該強制執行が実体法上抵当権に対する違法な侵害であることを理由として、第三者異議の訴えを提起することができるものと解すべきである。

これを本件についてみるに、被告の本件強制執行によって原告の抵当権の目的物である本件建物が収去された場合に、本件賃貸借契約が有効に解除されていないとか、被告と濱野らが通謀して原告の抵当権を侵害する目的で本件賃貸借契約を合意解除する、あるいは実質的に合意解除したと同視できるときは、本件強制執行の実施によって原告の抵当権が違法に侵害されることになるから、原告は、これらの違法事由があることを主張して、第三者異議の訴えを提起することができるものというべきである。したがって、原告は、本件第三者異議の訴えを提起するについて、当事者適格を有しているということができる。

二  争いのない事実

請求原因1(本件強制執行の存在)、同2(本件賃貸借契約の締結)、同3のうち、原告の根抵当権設定登記の存在、同4(一)(別件訴訟の提起及び別件判決の存在)、同四(二)(1)のうち、本件競売事件の存在及び第一回現況調査報告書の記載内容、同四(二)(2)のうち、原告が本件建物につき不動産仮差押決定を得たこと、同四(二)(3)(第二回現況調査報告書の記載内容)、同四(二)(4)のうち、賃借権の無断譲渡と賃料不払(何月分の賃料不払かは争いがある。)を理由に本件賃貸借契約の解除の意思表示をしたこと及び別件訴訟を提起したこと、同四(二)(5)(別件訴訟の経緯及び別件判決の存在)、同(二)(6)(原告から本件競売事件が係属している東京地方裁判所に対する別件訴訟の進行状況等についての上申)、同四(二)(7)のうち、別件訴訟提起の前日原告担当者から被告に賃料の支払状況について電話による問い合わせがあったが、被告は明らかにしなかったこと、同四(二)(9)(被告が本件競売事件において本件建物を競落することなく別件訴訟を提起したこと)の各事実は、当事者間に争いがない。

三  本件賃貸借契約の解除の有効性について

《証拠省略》によれば、別件訴訟の提起時である平成元年一二月二七日時点において、濱野は、同年一〇月二八日支払分(同年一一月分)及び同年一一月二八日支払分(同年一二月分)の賃料の支払を遅滞していたこと、当時濱野は所在不明であったこと、本件賃貸借契約には、賃料を三か月分以上滞納した場合には被告が無催告解除できる旨の約定があったこと、被告は、別件訴訟の訴状等において、右二か月分の賃料不払を本件賃貸借契約の解除事由の一つとして挙げた上、右訴状の濱野への送達をもって本件賃貸借契約の解除の意思表示をしたこと、右訴状は同二年一月二七日濱野に送達されたが、その当時不払賃料は三か月分に達していたこと、別件訴訟の口頭弁論終結時である同年七月一〇日には、不払賃料は九か月分に達していたことが認められる。

右の事実によれば、少なくとも別件訴訟の口頭弁論終結時である同年七月一〇日時点において、本件賃貸借契約における信頼関係を破壊するに足りる程度の賃料不払の事実があったといわざるを得ず、被告の本件賃貸借契約の解除の意思表示は有効であるというべきである。

この点について、原告は、本件においては本件競売事件が係属しており、債権者らの地代代払の制度があること、被告が本件賃貸借契約の解除の直前に賃料の値上げをしていること等を挙げて、濱野の賃料不払をもって未だ本件賃貸借契約における信頼関係を破壊するに至っていない旨主張するが、独自の見解であって採用することはできない。

そのほか右認定を覆すに足りる証拠はないから、賃借権の無断譲渡の点について判断するまでもなく、本件賃貸借契約には、解除事由があったというべきである。

四  被告と濱野らの通謀による合意解除又はこれと同視できる事情の存否について

1  前記のとおり、被告は、平成元年一〇月ころ第二回現況調査において、濱野が同年一〇月分までの賃料を支払っており、滞納はない旨陳述していること、それから約二か月後の同年一二月一九日、被告は、濱野に対し、賃借権の無断譲渡及び賃料不払を理由に本件賃貸借契約を解除する旨意思表示した上、その八日後の同月二七日別件訴訟を提起したこと、別件訴訟の第二回弁論期日において、濱野は、賃料不払の事実を含む請求原因事実をすべて自白し、被告勝訴の別件判決に対し控訴しないまま確定させたこと、被告は、本件競売事件が係属している東京地方裁判所に対し、再三にわたり別件訴訟の進行状況について報告し、被告が本件建物を競落する予定であるので本件競売事件の手続の進行を図るよう督促する趣旨の上申をしていること、原告担当者からの賃料の支払状況の問い合わせに対し、その回答をしていないこと、被告は、別件判決を得るや、同二年一月八日に本件強制執行の申立てをする一方、本件競売事件の入札期日を延期するよう上申していることとの事実は、当事者間に争いがない。また、別件訴訟の提起時である同元年一二月二七日時点においては、濱野が同年一一月分及び同年一二月分の二か月分しか賃料の支払を遅滞していなかったことは、前記認定のとおりである。さらに、《証拠省略》によれば、濱野らは、別件訴訟において、訴訟代理人に委任しながら、人証の申請等特段の防御手段を講じていないばかりか、別件訴訟の係属中に賃料の供託をしていないこと、原告は、同三年四月三〇日、被告に対し、同元年一一月分から同三年四月分までの賃料及びその遅延損害金を提供したが、被告が受領を拒絶したため、同年五月一日、これを東京法務局に供託したとの事実を認めることができる。

原告は、右の事実及びその事実経過をもってすれば、被告と濱野らは、本件賃貸借契約を解除すれば原告の本件根抵当権を侵害することを知りながら、あえて本件賃貸借契約を消滅させる目的をもって、通謀して別件判決を得たものであることを推認できると主張する。確かに、濱野は、本件賃借権を消滅させれば、本件土地の更地価格の七割とも評価される価値を失う結果となることに照らせば、濱野らの別件訴訟における訴訟追行態度には、不自然、不可解な点があることは否定できない。

2  しかしながら、《証拠省略》によれば、被告は、別件訴訟の提起当時、濱野の所在が知れず、平成元年一二月一九日に濱野に対し発した本件賃貸借契約の解除通知も返送されたため、別件訴訟は公示送達による手続が必要であると考えていたところ、訴状の送達がされ、濱野らの訴訟代理人から委任状が提出されたが、濱野の署名に疑問な点があったことなどから、口頭弁論期日において、その旨申し立てたこと、濱野らは、別件訴訟において、当初被告の主位的主張であった賃借権の無断譲渡の事実を争ったが、裁判所から、無断譲渡の有無はともかく賃料不払の事実は明らかであるから、人証調べをするまでもないとの意向が示されたため、被告は、最終弁論期日において、それまで予備的主張としていた賃料不払を理由とする解除の主張を主位的主張に変え、濱野らも改めてこれを認めた上で、弁論が終結されたものであること、別件訴訟を提起する直前に原告担当者から電話があった際、被告が賃料不払の点について回答しなかったのは、被告が被告訴訟代理人から第三者からの問い合わせに対し回答する必要はない旨のアドヴァイスをあらかじめ受けていたことによるものであることとの事実を認めることができる。

右の事実に加え、土地の賃貸人が、同土地上に存する賃借人の建物に抵当権が設定され、当該建物について抵当権者からの競売の申立てがされていることを知っている場合においても、土地の賃貸借契約につき真に解除事由があるときは、当該建物の収去と土地の明渡しを求めることは、原則として適法な権利の行使であること、換言すれば、借地権付き建物のみに抵当権を有する者は、借地契約が解除される危険を伴う不安定な地位にあり、そのこと故に不動産の競売手続においては地代等の代払の制度(民事執行法五六条)が設けられていることを考え合わせれば、前記原告に有利な事実をもって、このことから直ちに本件において、被告と濱野らは、原告の根抵当権を侵害することを知りながら、あえて本件賃貸借契約を消滅させる目的をもって、通謀して別件判決を得たものであることを推認することまではできないものといわざるを得ない。そのほか原告のこの点についての主張を認めるに足りる証拠はない。

五  権利の濫用について

原告は、被告の別件判決に基づく本件強制執行は、権利の濫用に当たる旨主張するが、前記認定、判示したところによれば、原告のこの点についての主張は、前提を欠き、採用することはできない。

六  以上によれば、原告の本訴請求は、理由がないことに帰するから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 秋山壽延)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例